読み上げる

氷上回廊氷上回廊

  • 文字サイズ
  • 標準
  • 小

氷上回廊

バイカモの生態と育成環境
Ecology and breeding environment of submersus

バイカモは日本の固有種で、清流を好む常緑の沈水(ちんすい)植物。水底に群生し、水の中で流れに沿って下流へとなびきながら成長し、長さは2m近くなることも。その名の通り梅の花に似た1cm~1.5cmくらいの小さく可憐な白い花を咲かせます。花期のピークになると群生地一面に咲き乱れ、まるで緑地に花柄のカーペットのようで壮観です。

葉は糸状、茎は濃い緑色で、根は白いひげ根状です。根は節から出て河床(かしょう)に定着します。節からは長い柄も延びて、これが水面上に出てその先端に5枚の花弁を持つ花が咲きます。花期は長く、初夏を中心に春から秋まで。種子から増えるだけでなく、切れた茎の節から根が出て新たな株になったり、水中茎の成長によって繁殖したりします。

別名は「ウメバチモ」。学名の「Ranunculus nipponicus (Makino) Nakai var. submersus H. Hara」には、2023年NHK連続テレビ小説『らんまん』の主人公、牧野富太郎(まきのとみたろう)博士の名前も。植物分類学的にはキンポウゲ科キンポウゲ属バイカモ亜属に属し、イチョウバイカモの亜種とされています。キンポウゲ科には約50属400種の植物がありますが、水面下に沈んで完全な水中生活に適応しているのはバイカモとその仲間だけです。

バイカモの花は古くから日本人に愛でられ、俳諧の世界では「藻の花」というと主にバイカモやその仲間のことをさし、歳時記では仲夏(ちゅうか:旧暦の5月=新暦の6月前後)の季語になっています。与謝蕪村(よさぶそん)はこんな句を詠んでいます。

藻の花や 雲しののめの 水やそら

雲が映って水か空かわからないような清らかな水面に、バイカモの花が咲く様子がイメージできますね。

全国のバイカモと絶滅危機

バイカモは中国地方から北の日本各地に分布しており、主な群生地は宮城県白石市、山形県長井市、秋田県大館市、福島県郡山市、群馬県川場村、山梨県都留市(つるし)、静岡県三島市などで、東日本に多くみられます。その理由として考えられるのは、生育環境です。バイカモの繁茂には冷水が欠かせないため、西日本ではどうしても河川の上流域や湧水のある地域に限られてしまいます。

近畿地方では滋賀県米原市の醒ヶ井(さめがい)地域が有名で、シーズンになると多くの観光客で賑わいます。兵庫県内には丹波市青垣地域のほか、その隣の多可町、神河町に群生地があります。ちなみに、新温泉町にはバイカモの近縁のヒメバイカモの群生地があります。

その一方で開発などによりバイカモが危機に瀕している地域もあり、東京都、千葉県、三重県、京都府では残念ながらすでに絶滅しています。『兵庫庫県版レッドデータブック2020』ではBランク(兵庫県内において絶滅の危険が増大しており 、極力生育環境、自生地などの保全が必要な種)に指定されています。

地域ぐるみでバイカモを守る

青垣地域の清水川(しみずがわ)は、水温が低く流れも清らかで、昔からバイカモにとってとても「暮らしやすい」ところです。角野康郎(かどのやすろう)著『日本水草図鑑』には、バイカモ群落の例として青垣地域のバイカモの写真が掲載されています。

しかし、近年の環境変化でその姿は減り、現在は地元の方々による保護活動が欠かせなくなってきています。 バイカモは水生昆虫の住みかとなるだけでなく、淡水魚が産卵床に利用することもあり、生物多様性にとって重要な存在です。ですから、青垣地域のバイカモを守ることは丹波の水辺環境を守ることに繋がり、また、里山の美観を守ることでもあります。

保護活動をおこなっている桧倉(ひのくら)自治会の足立孝二さん、足立弘(ひろむ)さん、足立利和さん、足立雅昭さん、足立憲悟さんに、バイカモの現状や活動の内容などについてお話をうかがいました。

足立 弘 さん・足立 利和 さん
足立 孝二 さん
足立 雅昭 さん・足立 憲悟 さん
Q1
バイカモは昔からこのあたりに群生していたのですか。

  • 雅昭

    昔から清水川に生えていましたが、平成22年頃に一度、失われそうになったんですよ。それで、平成24年から保護活動をするようになったんです。

  • 孝二

    バイカモが減ってしまったのは、水量が減ってしまったことが原因なんです。もともと湧き水があって、その水が清水川に注いでいたのですけれど。

  • 憲悟

    圃(ほ)場整備の工事がはじまってから、地下の水源が消えてしまったんです。

  • 私が子どもの時分は水量がもっと多かったから、バイカモの中に入って遊ぶことができたくらいなんですけれど、それと比べるといまは本当に少ないですね。

Q2
こちらのバイカモは、いつ頃花を咲かせるのですか。

  • 憲悟

    4月頃から9月頃までですけれど、きれいに咲くのはゴールデンウィークから6月頃、水量が多いときですね。年にもよりますが。

  • 雅昭

    ですが、水の温度が高くなると弱ってくるんです。だから7月~8月は咲きはするものの、花はそんなに多くはないですね。

  • 孝二

    春頃に大阪の方から来られた方には、醒ヶ井よりも残っているという人もいます。時期によるのでしょうけれど。

  • 利和

    最近ではSNSを見て来る人が多いですね。

  • 孝二

    花だけでなく、豊かな自然も見どころです。バイカモ群生地にはアブラハヤの子やヨシノボリ、ハゼの仲間もいますよ。川の上はハグロトンボやイトトンボがいっぱい飛んでいます。

  • 利和

    川底をさらって掃除したら、泥の中からドジョウがたくさん出てきます。

Q3
保護活動では、具体的にどのような作業をしていますか。

  • 水の管理はもちろんですけれど、両岸の草刈りや水中の雑草の除去などをおこなっています。水に関しては、渇水期になったら田んぼにあてがわれる水を使わせてもらって、水量を調節しています。

  • 孝二

    水量が安定するように、3年ほど前からは集落側からもパイプで水を引っ張ってきていますが、それでもまだ水の量が少ないですね。土手の草刈りはバイカモと関係ないように思うかもしれませんが、草が生えていると見た目も良くないですし、獣害防止のための電柵を張っているので刈らないと漏電してしまうのです。動物が水中に入ると河床が乱れますし、シカはバイカモを食べますからね。このあたりはシカが多いんですよ。

  • 利和

    作業は桧倉自治会の28戸で取り組んでいますが、みんなボランティアで活動しています。担い手の高齢化が課題ですが。

  • 憲悟

    トライやるウィークで地元の中学生がお手伝いしてくれることもありますが、今後は若い人たちにも活動に参加してもらえるようにしないといけないですね。

Q4
保護活動によりバイカモは増えているのですか。

  • 雅昭

    保護していれば順調に増えてくれるはずなのですけれど、このところ夏が酷暑なので弱ってなくなってしまい、なかなかそうもいかないんです。夏に少なくなってきても、秋になって水温が下がってくると少しずつ増えてはきますが。

  • 農業用水を使うと干上がることはないのですけれど、どうしても適温ではないですからね。水量はまだ何とかなりますが、水温は手の打ちようがありません。

  • 孝二

    この前の台風の時もそうでしたけれど、豪雨で流されてしまうこともありますしね。そういう事態に備えて集落の水路で常に苗を育てていて、必要に応じてそれを移植しています。

  • 利和

    維持管理は本当に難しいですね。

Q5
活動の今後の展望や課題は。

  • 雅昭

    継続してやっていくということに尽きますね。このところ特に夏が暑くなり、しかも日照り続きだと思ったら今度は豪雨と極端になってきて、水の管理は今後も大変になっていくと思いますが。

  • 結局、地下で水源が繋がっているので、加古川の最上流が干上がるとここも干上がってしまうんですよ。ですから、この集落だけの問題ではないという側面もあるんです。

  • 利和

    木が育つまで30年ほどかかりますが、将来の水源のかん養を考えて、桧倉の奥の里山の木を伐り、そこに苗木を植えて森林更新をしたんですよ。このまま水源である森が荒廃すると、湧き水が減ってしまいますので。

  • 孝二

    森林の更新や循環は丹波全体の喫緊の課題だと思いますが、我々だけでは大きなことはできませんので、引き続き小さなことを積み重ねいきたいですね。

  • 憲悟

    このあたりは「水分れ」に近くて、海抜は低いですけれど加古川の源流域です。バイカモはその自然のバロメーターでもあるので、これからも守っていかないといけないと思います。